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●和紙の祭り・神と紙の祀り●
5月3.4.5日(例年通り)
2008年のお祭はダイドードリンコの「ほんの祭り」として全国放送されます。


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| 5月3日 | お下り(おおり) |
15時〜17時、ふれ太鼓の音が響いてきます。 17時〜19時、岡太(おかもと)神社・大滝神社 御神輿で、山に向かいます。 ・・・一緒に奥の院まで紙の女神さまをお迎えに行きましょう!その昔女性は上れなかった、霊山です。 |
| 4日 |
例大祭 |
9時〜12時、岡太(おかもと)神社・大滝神社 ・・・浦安の舞、紙神楽、祈祷、湯立ての神事、直来など、拝殿にて式典が続きます。 19時〜、岡太(おかもと)神社境内 |
| 5日 |
御輿渡り |
・12時頃岡太(おかもと)神社出発(子供御輿が先行出発)、和紙の里各神社をめぐる ・14〜15時頃、卯立工芸館前 ・16時頃、岩本神社近辺 ・17時頃大滝神社周辺はパニックしています。車は入れません。 お上がりは20時頃(ちょうちんを掲げ幻想的な神送りの儀式) すべての手締めは大滝神社(里宮)22時頃・・・シャン,、シャン、シャン |


紀元2600年(昭和15年)を記念し、時の宮内省楽部長 多忠朝氏によって
昭和8年の昭和天皇御製
「天地(あめつち)の神にぞいのる朝なぎの海のごとくに波たたぬ世を」
に作曲・振付されたものです。古いものではありません。
浦安とは、心の安らかさという意味で、平和と安泰とを祈る心の舞です。古く
日本の国を浦安国(決してディズニーランドのあるところではあるません)とい
ったのは、風土が美しく平和であったからです。
舞は、扇の舞・鈴の舞から成り、舞姫は、平安朝の頃から宮中で用いられてき
た奥ゆかしい美しい装束(あこめ装束)を着けて、前半は檜扇、後半は鈴を持っ
て舞います。
●和紙の祭り・神と紙の祀り・2002●
今年もかくも盛大に、祭りがございました。
5月3.4.5は和紙のお祭り
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5月4日 午前中は色々な式典がございます。 杉も生まれて初めて、神事に参加しました。 |
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高校生のお嬢さんも花を添えます | |
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登場です。 | |
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お供え物をリレー?します。 右が杉です。
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和楽器もすべて、地元の面々です。 | |
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浦安の舞が舞われます 地元岡本小学校の5年生 |
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お疲れさま | |
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続いて、神能舞(かみのうまい) | |
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和紙の神様(川上御前)から伝授された紙漉の技を、村人が習得する・・・というお話・・・
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場所は変わって(階段を下り) 湯立ての神事 火をくべます。
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始まりました。 | |
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神能舞(かみのうまい)の面々 | |
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「神神楽」 愛嬌のある踊りをおどりながら、ササてお湯をかけて回ります。 見物人にも飛び散ります。(アチチ) |
5月5日は御神輿で村中を練り歩く・・・(わたり御輿)
私は子供御輿の担当なので・・・今回は子供御輿の状況を・・・
大人の御輿はまた今度
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大滝神社を出発する前 先ず、神主さんから、お祓い・・・わたしも子供達の代表と一緒に・・・
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いっぱい集まってきました さあ出発! |
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みんな元気がいいね。一番左でフラフラしているのが杉です。 | |
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御輿の後ろは長蛇の列 | |
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遠足気分だね・・・ | |
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和紙の里は5つの神社を回ります。 出発終点は「大滝」そして、ここは第一の神社「不老(おいず)」神社 各神社でお菓子が振る舞われます。(こどもたちに) |
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ここは中間地点、和紙の里通りの中 うだつの工芸館前です。 やっぱりアイスは人気 |
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「定友」神社でもお菓子か・・・ | |
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大人達には酒とつまみが・・・ 「・・・しかし、これは、大人の御輿を担ぐより、疲れるの〜」 |
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「新在家」神社を経て 最後の「岩本」神社の階段を上がります。 |
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さっもう一息 みんな元気だね〜 大人はかなりヘバッテます。 |
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そして、無事「大滝」神社に帰ってきました。 みんなでお祓いを受けて・・・修了! お疲れさま〜 また来年〜
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和紙の里は5つの神社、五つの部落ですので、五箇(ごか)と呼ばれます。
ついでに・・・古〜い写真が出てきました。
(神主さんが保存されてます。)
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大正時代と推定
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大滝神社の下宮 | |
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奥の院への山道 途中の鳥居 |
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振り返ると・・・山里には和紙の里の家々が・・・ | |
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ひっそりと静まりかえった奥の院 和紙の神様(川上御前)は、ここに安置されています。 |
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大杉・・・巨木も奥の院近くにデーンと、そびえます。 | |
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その昔の葬儀の様子らしいです。 右手奥が大滝神社の大鳥居 |
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その昔の紙漉風景 |
「岡太神社」(おかもとじんじゃ)の歴史は古く、
「延喜式神名帳」という権威ある記録にも残っております。
この神社は紙漉きの神様「川上御前」を、祀っています。
紙漉の里の人々に熱く信仰され今日に至っています。詳細説明・・・紙漉きの女神伝説・・・紙祖伝説
継体天皇(在位五〇七年〜五三一年)が「おおとののおおきみ」とよばれて越前の国にいたころ。
岡太(おかもと)川上流の水清らかな宮ヶ谷に、女神と思われるやんごとない方があらわれて、
「この村里は谷間にあって田畑がすくなく、生計をたてることがむずかしいが、清らかな水に恵まれているので、
紙を漉けばよいであろう」とみずから上衣を脱いで竿頭にかけ、紙漉きの業をねんごろに教えた・・・と
語り継がれてています。
彼女に村人たちが名を訊ねると、ただ岡太川の川上に住む者と答えて姿を消されたので、村人はこの女神を
「川上御前」と尊敬し、水波能売命(みずはのめのみことと)であるとして、岡太神社を建てて祀った。
岡太神社は「延喜式神明帳」に今立郡14座の一つに数えられる古社であるが、延元2年(1337)兵火にかかり
大滝寺から改称した大滝神社域内に移っている。
「大滝神社」は泰澄太子が建立した白山信仰の社です。
その昔は大滝稚児権現と呼ばれていました。
国常立尊(くにとこたちのみこと)とイザナギノミコトが祀られております。
この二つの神社の本殿は、権現山の山頂近くの奥の院に鎮座されておられます。
通常大滝神社としてお参りされるのは、里宮の拝殿になります。
この本殿、拝殿はともに、国の重要文化財になっております。
また、年に一度5月の3.4.5日には、
奥の院からご神体の川上御前を里宮にお迎えして「和紙のお祭り」が開催されます。
5日には、地元の五箇の(大滝を除く)4神社を御輿にご神体をお乗せして回る、
御輿渡りという行事も行われます。
祭りが終わると、夜中に川上御前はまた山頂近くの本殿にお帰りになります。
・・・不老(おいず)岩本(いわもと)新在家(しんざいけ)定友(さだとも)・・・の各神社
このお祭り自体も、文化財に指定されました。
奥の院(おみね)には、コンコンと美しい湧き水をたたえる井戸があり。地元の死に水はこの水が飲みたいと言われる。
さらに山頂を目指すと、巨大な杉が待ち受ける。高さ23メートル根回り9.8メートルご神木「大杉さん」奥の院(上宮)には3つの祠がある。
中央が大瀧神社・・・国常立尊(くにとこたちのみこと)とイザナギノミコト(男神)を主祭神としている。春と秋のお祭にこの二体はどちらも下りて来られる。春は桃色、秋は茜色に衣替えされる。
右が紙祖神岡太(おかもと)神社・・・川上御前を紙祖の神として祀られ、「延喜式神名帳」(926年)にも記載される古社。春の例祭にのみ下りて来られる。
左が、八幡社中世には大瀧寺は白山信仰の霊場として栄、山中に48坊の堂塔と社僧700名を擁したが、織田信長によりことごとく灰になるが、
その後領主となる丹羽長秀等々の歴代領主の厚い保護により、再度復興していった。明治になり「神仏分離令」によって大瀧稚児権現は大瀧神社と改称する。
大正12年(1923)には大蔵省印刷局抄紙部に川上御前の御分霊が奉祀される。
現在の下宮は天保14年(1843年)に再建され。永平寺の勅使門を作り上げた名棟梁大久保勘左門のてによる。本殿・拝殿の周りには精巧を尽くした彫刻が彫られている。
昭和59年(1984年)に国の重要文化財に指定される。
平成4年に神門・回廊が完成。9代杉原半四郎から聞いた話し・・・20070506
第二次世界大戦前までは、大瀧の祭りは年に3回あった。
春の和紙の祭り、春の神社の祭り、秋の神社の祭り(10月11.12.13)
春に二回も祭りをやるのは大変なので、統一しようということになり5月の3.4.5日に和紙の祭りと大瀧神社の祭りを
併せて行うことになった。
御開帳(式年大祭)は平常は見ることができない御神体やご仏像を一般に公開して拝んでもらうお祭です。そのため、奥の院のすべての宝物、祭神、仏像を下宮にお迎えすることになります。
33年に一度行われ、明治以前は旧暦3月23日〜4月23日まで一カ月行っていた。御神忌(中開帳)は、50年に一度のお祭で期間は1週間程度だった。やがて中開帳と呼ばれ、明治以降は●●年祭と表現されるようになる。
年号 西暦 御開帳(式年大祭)
中開帳 1585
第26回御開帳 1617 第27回御開帳 1618 900歳 御神忌 1650 第28回御開帳 1667 950歳 御神忌 1683 第29回御開帳 1716 第30回御開帳 1718 1000歳 御神忌 1748 第31回御開帳 3月20日〜4月20日 1768 1050歳 御神忌 1780 第32回御開帳 3月23日〜4月23日 1812 第33回御開帳 1818 1100歳 御神忌 3月5日〜11日 1844 第34回御開帳 3月23日〜4月23日 1866 1150年 御神忌 1876 第35回大祭礼 4月27日〜5月1日 1908 第36回大祭典 1918 1200年 大祭 4月14日〜20日 1940 第37回式年大祭 6月11日〜15日 1968 1250年 大祭 5月2日〜5日 1973 第38回式年大祭 5月3日〜6日 2006 第39回式年大祭 ★道路改修のため3年延期している2009年に開催予定 2018 1300年 大祭 2039 第40回式年大祭 2068 1350年 大祭
越前松坂唄
や〜ぁぁえ
チョーコ、チョーコ、チョーコとーえ
まーたーチョーコぃと〜
イャーエ ヤンセーーェェ
お庭の飛び石じゃ、また チョーコーとー
イャーエ ヤンセーーェェ
ソーリャイ松坂ェ 越えたァァヤンセー
ヤァー松坂 ヤァー越えたぁヤンセーェェ
リャー リャーァェ
松坂 ヨォォリーぃぃモォエナァァ〜え〜
いや〜お堂 オ〜ェェ エィマ〜イィ〜リ
イヤセ〜ェキノオォォ オ〜ォォォ お地蔵〜エ〜●紙の授けをそのまま継いで 親も子も漉く孫も漉く
●お嶽山(たけさん)より飛んだる駒の 今も残りし蹄岩(ひづめいわ)
●重ね松よりふもとを見れば 一の鳥居や二の鳥居
●春は桃色秋茜 紙干す里は白妙の
●猿丸太夫は奥山の 紅葉踏み分け無く鹿の
●十七八の娘さんが行灯の影で してもしたがる居眠りを
●五箇は御用紙御金札 笠を抜がんせ木戸の内
このページは、和紙詩人を目指す越前和紙プロデューサー杉原吉直すぎはらよしなおがお届けしています。
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